大切に人を育ててきたレッドバロンで
バイク業界の未来を見つめ続けたい

レッドバロン鎌ヶ谷 工場長飯島 健児

#05.

Kenji Iijima

バイクを無我夢中で整備してきた35年

レッドバロン鎌ヶ谷の飯島工場長がこの会社に入社したのは21歳の頃。それから35年、「お客様に喜んでもらいたい」という一心で、多いときは月に300台以上のバイクを無我夢中で整備してきた。

「私が入社した1980年代は、バイクの整備に関する情報がほとんどなくて、構造を覚えるために自分のバイクを何度も分解したこともありました。勤続35年を過ぎましたが、今でも毎日バイクから刺激をもらっています。最新モデルのメカニズムに触れるのはおもしろいし、メーカーにも部品がないような旧車だとか、難しい症状を抱えたバイクを直して、お客様に喜んでもらうのは、いくつになってもうれしいものです」
バイクの整備は、直してきた症例数がものをいうというのが飯島工場長の持論だ。長くバイクの整備を続けていると、運び込まれたバイクの症状をひと通り見れば、ある程度は故障の原因がわかってしまうという。今ではこうした熟練技術者のノウハウをデータベース化して、社内で共有するシステムがレッドバロンにはある。それでも、先輩から後輩へ伝えるべきことはまだたくさんあるという。

先輩が後輩を丁寧に指導する社風がある

「工場長になってもう30年以上経ちます。これだけ長く仕事をしていると会社の中にたくさんの後輩ができます。今は親子みたいに歳が離れた後輩の面倒を見ていますし、私のもとで経験を積んで工場長になった後輩も20人近くいますよ」

「その一方で、バイク業界全体を見ると整備士不足は深刻です。昔はバイク屋というと『がんこ親父の背中を見て仕事を覚える』みたいな文化があって、それなりに教えてくれたものですが、今はどこも若手を育てる余裕がなくなってきているように感じます。
ただ、レッドバロンはそんな未来を見据えて、ずっと人材を育てる活動をしてきました。二輪整備専門スクールで未経験でも整備士を目指せる環境を作り上げましたし、全国にある店舗では先輩が後輩に整備技術を丁寧に教える社風を大切にしています。その成果が今につながっているんだと思いますね」

バイク業界を支えている手応えを感じる

最近では、他のバイクショップやメーカー工場で手に負えなくなったバイクが行き場を失い、レッドバロンで買取になることも珍しくない。「レッドバロンの整備士にしか直せないバイクがこれからますます増えると思いますよ」と飯島工場長。これこそまさにレッドバロンが人材育成に力を入れてきた大きな成果だろう。

近年、異なる業界で働いていたが「バイクが好きだから」と整備士を目指して転職してくる人が増えているという。飯島工場長は、そんな彼らに大きな期待を寄せている。
異業種を経験してきた人は、整備士の常識にとらわれない発想で故障の原因を突き止めてしまうことがあり、刺激になるのだとか。

「しっかりとした技術を身につければ、バイクの整備士は一生続けられる仕事になります。もちろん、家族を養うことだってできるし、毎日バイクに囲まれながら、お客様からは『ありがとう』って言ってもらえるのですから、バイク好きにとって最高の仕事だと思いますよ」

「レッドバロンで整備士を続けていると、ライダーの安全はもちろん『バイク業界を支えている』という確かな手応えを感じることができます。バイクとそれに乗る人を支えるために『人材』を大切にしてきたこの会社で、これからも業界の未来を見つめ続けていきたいですね」

※現在は定年を迎え、社内 名誉職である「匠長」に就任。後輩の育成と技術継承に力を尽くしている。

インタビュー

Interview

レッドバロンで働く先輩達のリアルな声を職種別に聞いてきました。